ネトウヨアイドル我那覇真子の教育 ③ - 応用心理カウンセラー協会、生長の家と日本会議

2017年4月6日

ネトウヨアイドル我那覇真子氏が「なぜ、極右活動家になったのか」・・・

その答えは、実に単純明快なものである。自称「応用心理カウンセラー」である父、我那覇隆裕氏の幼児教育、教導あるいは洗脳によるものだ。

 

youtu.be

 

前回では・・・・

( 1 ) 我那覇隆裕氏の「応用心理カウンセリング」の実態、つまり、育児の悩みや自傷行為など、人々の心の悩みにつけこんで女性をターゲットに集客し、陰謀論と極右の嘘デマを心の隙間に注入しているということ。

( 2 ) また、我那覇隆裕は「米国ハワイ国際大学連合オリエント地区統括研究機関・一般社団法人応用心理カウンセラー協会なる団体の「名護分校」を担っている、ということを紹介した。

ネトウヨアイドル「我那覇真子」の教育 ② - 彼女が極右活動家になったワケ - - オスプレイ不安クラブ 〜うようよ対策課〜

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今回は、我那覇父が所属する、この怪しげな応用心理カウンセラー協会の真実に迫っていきたい。

 

まず、沖縄県南風原町にあるこの応用心理カウンセラー協会、どこからつっこんでいいのかわからないほど、ツッコミどころ満載の団体なのであるが・・・。

 

 

① この協会の講座はどうやら大学教育の一環らしい。

応用心理学講座は、大学教育の一環として講義を実施し、自主講座的形体で修学して実力を養成し、テキスト各巻ごとにレポートを提出して審査に合格すれば当財団大学部より「修了証書」が授与されます。

応用心理カウンセラー協会 | 応用心理学・話し方上達教室・沖縄心の相談室・母親大学

 さて、どこの大学なのであろうか。

この協会のトップページには、まことに魑魅魍魎な文章が巻頭を飾っている。わざと文章上の主語を書いていないないので判別できないが、どうやら、この協会が、二年の歳月をかけてハワイ国際大学 (Hawaii International University: HIU) として認可を受けたといっているようだ。その大学のホームページはこちらである。

 

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五ページしかなない小さなサイト。しかもよく見てほしい。理事長も学長も、その名前すら記載されていない (爆) 。誰だよ、この男たちは。

また英語サイトのほうもにたりよったりで、コース科目のカリキュラムなど皆無にもかかわらず、授業料などはしっかりと記載されている。

でたな !

これが、世に言うディプロマミル、つまり、実際に修学せずともお金で偽の学位 (degree) を売ってくれる非認定のニセ大学。学位商法というやつだ !!!

 

② 山田乙彦、偽大学を二つも経営する男

 

しかも、応用心理カウンセラー協会のトップページには、ハワイ国際大学の学長として、山田乙彦の名前がでている。

この山田乙彦とは、いかなる人物なのか。

なんと山田はホノルル大学の学長でもあるが、このホノルル大学というのがまた、「教室も図書館もない、オフィスがあるだけ」の非認定校、完全なるディプロマミルだ。

つまり、山田乙彦は健康食品の店を経営する傍ら、ホノルル大学とハワイ国際大学の学長もしていることになるのだから、大したものだ !

ホノルル大学 (Honolulu University of the Arts, Sciences, and Humanities) : ネット闇世界~新・健康本の世界

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③ 偽学位を二つも使い回す、協会の菊池徳省所長

 

し・か・も、

この偽のホノルル大学の学位 Ph.D (博士号) を二つも有したことになっているのが (つまりお金で学位を買った) のが、なんと、北海道生まれで、この応用心理カウンセラー協会の所長である菊池徳省だ。1990年に教育心理学の博士号。2011年に心理学の博士号。

いや、本人も博士号が何かということを、よくわかっていないのではないか (笑)。通常、博士号は Ph.D あるいは PhD と記述するのであって PHD なぞと書くことはない。

博士号とは何かがわかっていなくても、学歴だけはほしいものなのか。あ、教授が名乗れるわけだからな (笑)。

 

※ 菊池徳省、ウヨウヨしき役職の数々

ハワイ国際大学連合オリエント地区統括研究機関 (= 応用心理カウンセラー協会)
日本保育協会沖縄県支部理事長会会長
社会福祉法人慈母福祉会理事長
南風原はなぞの保育園副園長 (= 保育園経営)
沖縄県防衛協会理事
沖縄県警察官友の会理事
カウンセラー養成講座教室教授
沖縄心の相談室指導教授
理想教育推進協議会会長・沖縄南部地区保護司
ウエル・カルチャースクール話し方講師 那覇
ペアーレ沖縄タピック話し方講師 沖縄市
T-PECメンタルヘルスカウンセラー
那覇東ロータリクラブ

 

④ 協会の創設者、菊池藤吉は、なんと生長の家

 

そして、

ああ、なんということだ !

この応用心理カウンセラー協会の創設者、菊池藤吉は、信者から「先生」とよばれ、「ここに道あり」などの著作もあるという生長の家の幹部だった !

 

もともと菊池藤吉は北海道の共産党員として活動していたが、あるときから生長の家の信者となり、全国で講演をするようになる。このことを考えた時、息子の菊池徳省が北海道生まれだというのも納得がいく。父と共に沖縄にやってきたということだ。

闘争主義からの脱却 ― ラジオ放送 『希望の泉』 を聞いて神経痛が治った - VANNON32のブログ 『生命の實相』哲學を學ぶ

 

谷口雅春先生の生長の家の掲示板から

善人よ今こそ団結して強く行動しよう。 - 谷口雅春先生の生長の家の掲示板

故、菊池藤吉先生平成17年ご講演でのお言葉

自分 (菊池) が青年会長を拝命したときに谷口雅春先生に言われたお言葉として、
「善人は強く団結して行動しょう」
「自分がやらなくて誰がやる」
「今やらなくて、何時出来る」の精神を持て

と言われたそうです。八十歳を過ぎた今もこのお言葉を忘れず毎日の行動をしているとの (菊池の) 講演の中でのお言葉でした。

そして沖縄がまだ復帰していない頃に (菊池が) 沖縄へ赴任したとき、当時河野議長が(河野洋平の父)「復帰に賛成しない人が居るのであればもう少し復帰を先延ばしにしても良いのでは」との発言に、谷口雅春先生は「復帰は今を逃してはいけない、千本の日の丸を作り、生長の家の青年が千人集まり、早期復帰の大会を持ちなさい」と菊池先生に指令が来たと言うのです。

先生は早速日の丸千本を青年みんなで作り、大会に千人が集まり早期復帰の気勢を上げられたそうです。

そして沖縄の日本国復帰に繋がったのです。ここでも生長の家青年会の大きな力が貢献したのでした。

さあ今や生長の家教団の生命の実相への教えの復帰運動に「善人は強く団結して行動しょう」の谷口雅春先生のお言葉を実践致しましょう。

 

ここからもわかることは、沖縄復帰前に、生長の家の幹部であった菊池藤吉は本土から沖縄へと赴任した。そして、生長の家の創始者谷口雅春の命を受けて沖縄復帰運動の大会を開催した、というものだ。

また別の記録もある。生長の家から分離、日本会議として沖縄に呼ばれたという説だ。

 

② 北海道から沖縄にきた日本会議の神主のブログ

菊地藤吉|網走五郎・神社物語

網走五郎・神社物語 (24)

 教育学博士の菊地藤吉(当時70歳)は「月例英霊顕彰祭」をおこなうため、毎月第1日曜日、沖縄県護国神社に訪れていた。菊地藤吉も室崎清平と同じ北海道出身であった。
 菊地は終戦直後の青年時代、共産党中央闘争委員として活躍していたが、谷口雅春の「生長の家」にふれ百八十度思想転換を計り、沖縄復帰の昭和47年まで「生長の家」本部理事を勤めていた。著書には「ここに道あり」などがある。
 その後生長の家を離れ沖縄に移住。移住にあたっては元参議院議員稲嶺一郎 (元沖縄県知事稲嶺惠一の父) 元衆議院議員国場幸昌湧川善公仲里誠吉仲田稲造恵憲一外五名連署での陳情要請があった。
 菊地藤吉にあてられた陳情書。
「沖縄は、去る五月十五日を以って米国施政権下に終止符を打ち、晴れて沖縄となのれるようになり、日本国民としての権利を回復致しました。沖縄は日本の縮図ともいわれ、政治、経済、教育、いろいろな面で問題の多いところでありますことは、御承知の通りであります。米国施政権下における反米思想は、復帰後、日本政府及び自衛隊軍国主義復活と宣伝し、特に、沖教組が中心となって、反体制運動に父兄をまき込んでいる現状であります。このまま沖縄が放置されるならば、将来日本に大事をもたらす様なことになるのではないかと心配されます。それでふぼの教育、つまり家庭教育に自信をもたせ、社会教育の健全化を図り、青少年教育を強化しなければなりません。又、自衛隊と県民との相互理解を深めるために、自衛隊及び県民にたいしての時局講話など、その必要性を強く感ずるものであります。それに、日中国交以来、沖縄は地理的条件から益々重要性を帯びてきております。日本の最南端沖縄と、中華民国とは、今後教育、経済面でも一層交流を深め、健全なる思想の強化を図らなければなりません。近づく国体、海洋博と、めまぐるしい中で益々思想面、道徳面の教育が痛感されます。簡単に、かいつまんで申し上げましたが先生には、お察し戴けるものと思います。沖縄県民のためばかりでなく、日本国家のためにも、一日も早く先生を沖縄にお迎えもうしあげたいと思います。本部理事という重職にあられることを承知の上で、お願い申し上げております。どうぞ沖縄の異状な情勢を御賢察の上御承諾下さいますよう、私共一同連署してお願い申し上げます。                                                        
昭和四十八年二月十一日」
  菊地藤吉は移住後「財団法人 沖縄総合教育センター」を設立。教育センターには「話し方教室」「応用心理学教室」「日本語教室」「心の相談室」「母親大学」「はなぞの保育園」「お母さん友の会」「人生問題日曜講座」「沖縄むすび会」などがあり、菊地は沖縄の教育に力を注いでいた。
 五郎は同郷のよしみで、「月例英霊顕彰祭」に訪れた菊地藤吉に、声が出なくなっている旨を相談した。
 菊地は笑顔で答えた。
「私のところに話し方教室がある。すぐ話せるようになります」
                           <中略>
 五郎は「応用心理学教室」で心理学を学ぶことにより、人間への理解を深め、のちカウンセラー資格を取得し、菊池藤吉が不在の時は「応用心理学教室」の講師を務めるまでになっていた。

 

藤吉が、沖縄に生長の家の幹部としてきたのか、それとも生長の家と分離する形で日本会議に呼ばれて沖縄にきたのか、一見すると矛盾するようではあるが、別段不思議ではない。
元・生長の家日本会議はつながっていたからだ。

 

 

⑤ 「応用心理学」は元・生長の家日本会議 

 

沖縄で藤吉は沖縄総合教育センターを設立。日本会議沖縄県本部の会長、沖縄の教育を考える会会長も歴任。「沖縄の教育の父」とまで呼ばれていたという。彼がなき後も、その流れを継いでいるのが、この応用心理カウンセラー協会なのだ。

 

ふざけるな !

彼らは、根強い沖縄の反基地運動を封じこめようと沖縄に召喚された、おカルト右翼、元・生長の家であり日本会議じゃないか。

 

 

いまもこの極右宗教を背景とした疑似心理学団体は積極的に活動を続けている。

応用心理カウンセラー協会の講演研修会

湧川商会・国場組・沖縄電力㈱・沖縄県自治研修センター・大同火災海上保険㈱・沖縄県警察学校・沖縄県環境保健部・社)沖縄県看護協会・社)愛隣園・沖縄県浦添看護学校那覇市教育委員会琉球バス・沖縄銀行琉球銀行那覇航空自衛隊那覇青年会議所・保育園・幼稚園・小学校・中学校・高等学校・婦人会・老人クラブ など その他、多くの企業様・団体様にて講演を行っております。

 

そうして、

例えば、この協会が主催する 2010年の沖縄の教育を考える会親学議員セミナーには、島尻参議院議員、新垣県連会長、池間幹事長をはじめ17名の現役議員と安次富前衆議院議員、国場前県会議員の他、浦添市教育長と教育委員会関係者26人、自民党婦人部の幹部など計54人が集う盛況さだ。

 

沖縄での親学の拡散母体としての活躍だ。 

 

次回の投稿では、この親学なる疑似心理学を扱ってみたい。

 

 

ともかく、

話は戻るが、

これほどまでに怪しい団体のおカルト・カウンセラーである父の教育、あるいは洗脳の産物、それが「ウヨク活動家」我那覇真子の真実だ。

 
お気の毒といえばお気の毒な情操教育の犠牲者といってもいい。
 
おカルト疑似心理学にだまされるな !