サッカーの試合で旭日旗を掲げることは「ごく当たり前のこと」と書く宮古毎日新聞コラムの凡客

宮古毎日新聞

先日5月13日のコラムがあまりに酷すぎで、のけぞる。

 

どうやら、この「凡」と名乗るコラムニストによると、

スポーツの試合で日本のサポーターが旭日旗を掲げることが「ごく当たり前のこと」であり、それについての批判は「難癖」ということらしい。

 

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浦和レッズのサポーターが「JAPANESE ONLY」と書いた横断幕と旭日旗を掲げた問題で、無観客試合の処分。(2014年3月13日)

 

さて

宮古朝日新聞さん。

旭日旗を掲げることが、一体いつから日本で「ごく当たり前のこと」になったんですかね ?

 

旭日旗の受容史を踏まえ、

明確に、社として答えていただきたいのだ。

 

【行雲流水】(坊主憎けりゃ…) | 宮古毎日新聞社ホームページ -宮古島の最新ニュースが満載!-

2017年5月13日(土) 宮古毎日新聞

【行雲流水】(坊主憎けりゃ…)

人の心の働きはさまざまだがその中でも憎しみのこころはとんでもないことを引き起こすこともある。そこまでいかなくても思想や利害の違いで起る相手に対する違和感や悪感情から派生する嫌がらせや誹謗中傷は日ごろの話題として事欠かない。嫌がらせも誹謗中傷も個人間の問題であれば仲直りで円満解決の道はあるが団体や国家間の諍いとなると問題が大きくなる

 

サッカーのアジア大会で日本の代表チームが連盟から罰を受ける事件が起こった。チームに落ち度があった訳ではない。事の起こりはサポーターにあった。サポーターにしても彼らの行為が大問題になるとは思ってもいなかったであろうごく当たり前のことに難癖をつけられての観客なしの試合と罰金だ。これには日本政府も怒った

 

韓国との試合で日本のサポーターは旭日旗を掲げてチームを応援した。韓国のサポーターはその旭日旗にクレームをつけてきたのだ。韓国は日本の旭日旗を独自の呼称で「戦犯旗」として嫌悪する

 

旭日旗は日本の旗だ。韓国に難癖をつけられる謂われはない。そう思うのが日本国民だが戦争で日本軍の被害にあったと思い込んでいる韓国の人々からすると日本軍の軍旗であった旭日旗は見るのも嫌だということなのだろう

 

旗に対する嫌悪感をサッカーの国際試合の場に持ち込んで大会運営にまで影響するような騒ぎを引き起こしてしまう心の動きをどう受け止めたらよいのやら?

 

5月12日の宮古毎日新聞の「毎日新聞特集」は最終でかつ不可逆的に解決すると日韓政府間で合意した慰安婦問題を韓国国民の7割は批判的だと指摘している。嫌いとか憎いといった感情を政治やスポーツに持ち込んでの論議は問題を複雑にするだけだと思うが?

 

旭日旗とは何か。

1870年に大日本帝国陸軍の軍旗として初めて使用されて以来、それはとりもなおさず日本の軍旗であり、日本の戦争と侵略の歴史を象徴する旗であり続けた。

 

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German Japanese co-operation luncheon

 

この「凡」と名乗る凡庸な宮古毎日新聞のコラムニストは、旗に対する嫌悪感をスポーツに持ちこんできて騒ぎ立てするのはどうなのか、と、問う。

 

しかし、このコラムニストのネトウヨ然としたバカさ加減はここにある。

 

むしろコラムニストが検証すべきことは、

他のスポーツ応援ではほとんど見られない旭日旗が、近年、なぜサッカーファンのあいだで頻繁に問題になるようになったのか、それはいつごろからで、どのような背景があってのことか、ということだ。

 

30年前ならスポーツの会場にどうどうと旭日旗を持ちこむファンはいたのか ?

この試合が韓国との試合だから、ファンは旭日旗を持ちこんできた。なぜなのか ?

 

確認しておきたい。

 

そもそも、スポーツの会場にヘイトを持ちこんできているのは、韓国側のファンではない。旭日旗をもってふりまわしにきている日本側のファンのほうなのだ。

 

それを問わずして

歴史的に極めて社会的・政治的な意味が付与された旭日旗、それをスポーツの現場に持ちこむファンの行為を問わずして、その行為を問う側に「スポーツにヘイトを持ちこむな」とは、論外。

 

 

凡というペンネームで書いているのは、無責任な単なるネトウヨライターだからではないか。たとえばこんなネット右翼だ。

 

 

国民だってバカではない。

近年、旭日旗がどのようなコンテキストで巷で復活し、どのような意味を持って使われているのか、知らぬ者はいない。

 

国民に広く普及しているのではない。

近年、急速にレイシストと排外主義者の間で広く普及してきたのだ、ということ。

 

いわばアメリカの南部軍旗 (Confederate flag) と同じだ。

 

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ハーゲンクロイツ 旭日旗 に対する画像結果

 

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浦和レッズのサポーターが「JAPANESE ONLY」と書いた横断幕と旭日旗を掲げた問題で、無観客試合の処分。(2014年3月13日)

 

ヒトラーベルリンオリンピックで活躍したアフリカ系アメリカ人ジェシーオーウェン (Jesse Owens) から、「日本初」のマラソン金メダルをとった孫基禎 (ソン・ギジョン) に至る例をだすまでもなく、そもそもスポーツと政治は密接に結びついてきた。

ソン・ギジョンの日の丸ゼッケン事件では、日本は統治下の朝鮮の新聞社「東亜日報」さえ廃刊に追い込んだのだ。

 

政治とスポーツとナショナリズム、そんなこともまともに分析できないでジャーナリストとしてウヨ文を書き垂れる、そんなライター「凡」の正体とは誰だ ?

 

 

旭日旗を掲げることが、一体いつから日本で「ごく当たり前のこと」になったのか ?

 

宮古毎日新聞は、

この旭日旗「当たり前」記事に対応し、社としての見解を表明していただきたい。 

 

 

miyako-m@miyakomainichi.co.jp

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宮古毎日新聞の「凡」が書いたほかのコラムもご覧いただきたい。今の沖縄の置かれた状況を直視することなく、「心の落ち着き」を連呼する安穏主義。ど素人以下の歴史認識と分析能力の欠落、印象プロパガンダもはなはだしい駄文。

 

「屈辱の日」(行雲流水) | 宮古毎日新聞社ホームページ -宮古島の最新ニュースが満載!-

「屈辱」とは、人格を否定され辱められることだ。そこからは憎しみしか生まれない。憎しみは時に暴力を伴う。「辱められた」との思いを持ち続けると心の落ち着きを無くしてしまうのである


沖縄県議会は、4月28日を「屈辱の日」と決め、県議会議長は「屈辱の日」県民大会の共同代表となった。沖縄メディアは「屈辱の日」をあおり立てる。まるでプロパガンダだ。県議会が県民大会に関与することはメディアにあおられてのことのようにも思える


1970年12月20日の深夜に起こった「コザ暴動」の記憶がよみがえる。日本復帰を目前にした反米闘争の頂点ともいえる事件であった。当時の沖縄の状況では起こるべきして起きた事件であったかもしれないが、事件の機序と社会的意味は解明されているのだろうか


1952年のサンフランシスコ講和条約締結を「屈辱だ」といまさらあおり立てる意図はどこにあるのだろうか。県議会議長、那覇市長、メディアが「屈辱の日」にこだわり講和条約基地問題と一緒にしてしまうことは好ましいことには思えない。米軍基地問題講和条約とは別の次元だと考えるからである


講和条約締結によって、日本は主権国家として国際社会に復帰したのであるが、琉球列島の統治・帰属をゆがめるものでもあったことは否めない。しかし、日本復帰40年になる今日、講和条約を「屈辱」だと高唱する沖縄は日本国民としての心の落ち着きをまだ持てないということなのか


沖縄の社会は祖国復帰前と同じ状況にあるのだろうか。「屈辱の日」県民大会開催には疑問と困惑がつのるだけだ。 

 

いったい歴史も知らぬこの粗悪な「コラムニスト」凡とは誰で、どのような見解からこのようなコラムニストを雇っているのか、宮古毎日新聞は !